『いいね、しました。』

第1話

昨夜、キスした女が、

今日、知らない女になった。

スマホ画面の中で。

彼女と出会ったのは、2日前。

小さなBARだった。

45歳。

細身で、背が高い。

笑うと幼く見えるのに、

黙ると急に大人の女になる。

正直、タイプだった。
最初は、
ただ隣で飲んでいただけだった。
名前を聞いた。
くだらない話で笑った。
目が合った。
少しずつ、
距離がおかしくなった。
肩が触れる。
手が触れる。
そして、
キスをした。
初対面だった。
41歳にもなって、
何をしているんだと思った。
そのとき、
彼女の手が、
俺の身体に触れた。
一瞬、
意味が分からなかった。
出会って、
まだ数分。
なのに彼女は、
俺が戸惑うくらい、
近くにいた。
でも、
嫌じゃなかった。
むしろ困ったのは、
彼女のことをほとんど知らないことだった。
知っていたのは、
45歳ということ。
1度、結婚に失敗していること。
子どもがいること。
それくらいだった。
その夜、
LINEを交換した。
家に帰ってから、
なぜかキスより、
彼女の笑った顔を思い出した。
翌日。
「線香花火しよ」
そう送った。
夏だったから。
また会いたかったから。
たぶん、
理由はその両方だった。
1時間後。
未読。
数時間後。
未読。
夜になった。
まだ、未読。
昨夜は、
触れられるほど近かった。
なのに今日は、
たった数センチの画面が、
やけに遠い。
何度もLINEを開く自分が、
嫌になった。
だから、
彼女のLINEをブロックした。
嫌いになったからじゃない。
待っている自分を、
これ以上見たくなかった。
これで終わり。
そう思った。
そして今日。
何気なくPairsを開いた。
1人。
また1人。
親指で、
知らない女性たちを送っていく。
その指が、
止まった。
「……嘘やろ」
彼女だった。
2日前、
俺の目の前で笑っていた女。
2日前、
俺にキスをした女。
プロフィールを開く。
そこには、
俺の知らない彼女がいた。
好きなこと。
休日の過ごし方。
恋愛について。
昨夜、
あれだけ近くにいたのに。
俺は今日、
初めて彼女のプロフィールを読んでいる。
触れられる距離にはいた。
でも、
この人のことは何も知らない。
画面の下に、
「いいね!」のボタンがあった。
昨夜、
自分からLINEを閉じた。
なのに今、
別の扉を開こうとしている。
少しだけ迷った。
そして、
押した。
彼女に、
いいね、しました。